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そろそろ [INFOMATION]

そろそろ、ちゃんと時間を作って書き始めたいと思うこのごろです。

いつのまにか二児の父親になっています。

時間の経過のスピードに苛まれながら [INFOMATION]

仕事を変えて、3ヵ月。
怒涛の日々の中ですが、ここに落とすもの書き溜めて。撮り溜めて。
余裕の訪れを今待ってるところ。

2001.04 - 2012.03 [INFOMATION]

11年働いてきた事業所を退職しました。

本当に色々な理由はありますが、決して幸福な時間ばかりではなく
それは仕事だから、至極一般的に当然だとは思いますが。

最後は、些細で僅かなプライドを守る為に辞めました。

多くは「適当」というさじ加減の中で、許せるようになってしまった11年間でしたが、
本当に限界というよりは、これを許したら自分の人生の辻褄が合わなくなってしまうので。

そういう部分を無視してまで、賃金目当てに働くことが出来なくなったとこです。

まったく自分の不器用さや、この時勢と環境でわざわざドロップアウトしてしまうのも
本当に馬鹿というか屑ですが、それでいても未来は笑ってられるような気がします。

あそこで辞めなければという人生の分岐は絶対に訪れないと。
そう胸を張ります。

凛々子がやってきたから、文章を書かなくなったのではなく。

異動して事業所が変わり2年半。
自分の気持ちも時間も安定せず。
ここで文章を吐き出すことで、何か発散できた幸福な時間の訪れが
ボクの中で、消化不良を感じてしまうことが、
逆にストレスになってしまうのが現状でした。

春からは新しい事業所で働きます。
そして、退職を決めた翌日に国家試験も合格し。
来春はまた新たな気持ちで、就職活動に望めそうです。

待遇も賃金も当然、劣るわけですが。
悶々とした苦悶の日々よりも。
自分がやりたいと思った仕事が出来、
また学びながら自分の経験になる仕事を選びました。
それが、自分の中での大きな希望と前進です。

書きたいこと、気持ちよく書けるような。
そんなライフワークをもう一度。
俺にロックンロールを。




祖母逝去 [INFOMATION]

こんなことをBLOGに書くべきではないのだろうけど。
彼女の人生の中にまたボクの人生も混じり。

そしてまた互いの今がある。

3月11日、東日本大震災後、福島第一原発に端を発し、
混乱が続く福島県浜通り。

ボクの母はここで生まれ、そしてボクもいわきで生まれている。

幼き頃から、双葉郡広野町に里帰りに行くことが多かったが、
祖母の記憶には、いい記憶がない。

年がら年中、怒られていたし。
祖母が優しく言葉をくれた記憶もさほどない。

些細なことでいうと、敷居を踏んだだけで叩かれたことや。
テレビを見ていたら、五月蝿いと怒鳴られたことや、散々な記憶ばかりで、
足は自然と遠のいた。

20歳の夏。
青森県黒石市から当時祖母が1人で住んでいた広野の家に。
年の近い従兄弟が遊びに来てるというので、常磐線を上がり、
広野へ行ったが、そこでも散々だった(笑)

歳の近い従兄弟は、とっても寵愛されていて。
まぁ孫の中でも、祖母にはランクがあったのでしょう(笑
ボクは最下位ランクでね。

ボクが昔の話をしたら、従兄弟が
「そんなことはない!いいおばぁちゃんだよ!!」って言ったもんだから、
笑ってしまった数時間後。

1人暮らしでカップラーメンばかりだろうからと。
従兄弟と従兄弟の彼女(後に奥様になる方)とボクで料理を作って、
祖母をもてなそうとして、時間かけて料理作って。

寄り合いから戻ってきた祖母が一言。
「要らない」

ボクは、失笑でしたが、従兄弟はショックだったようです。
挙句、ボクと従兄弟の彼女には目もくれず。
従兄弟だけに、おはぎを薦める始末に。

結局、その食事も祖母は一口も食べず。
ボクらで食べて終了。

久し振りに夜少し話しをしていたら、「五月蝿い」と怒鳴る始末。
聞こえないでしょうよ、静かに話してるのに。

まぁ、そういう方でした。
20歳に逢ってから、ボクは一度も祖母には会っていないし。
認知症が進んだという話は聞いていたけど、
昨日急変で逝去されたとのこと。

広野には行きたいけれど。
祖父母には会いたくないというか、他人に感じてしまっていたのが最近でした。

祖父が亡くなったのも、NEW YORKから帰国した直後。
祖母が亡くなったのも、HAWAIIから帰国した直後。
海外に行くと、何かしらがある印象になってしまいました。

しかしながら、ボクの祖母として。
冥福を祈る気持ちは変わりありません。

祖母がなくなったことで、ボクの両祖父母はこの世からいなくなってしまいました。

そういう年齢に自分がなったのだと、来週には34になる自分の年齢も今更実感した次第です。

少し落ち着いたら、広野に行こうと想っています。
ボクが小さい頃見た景色は津波でなくなってしまったと聞いています。

そういう時間を作ることで、祖父母に手を合わす時間であればと。
そう想うのです。



5:07あたりの右側が祖父母の家です。
ボクの見たかった海岸の景色は、この動画からは見えません。

津波被害の動画もありましたが、記憶を辿れません。
本家は海岸沿いで立派な家屋は、津波で全部流されてしまいました。


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SUMMER VACATION [INFOMATION]

仲間の休暇を横目に。
ようやく到来のサマーヴァケーションです。

愛すべき2人の良き日を眺めるために。

帰国した娘が、保育園の第一声に
「アロハー」と言うぐらいの密度で遊んできます。

PA0_0095.JPG
【娘のパスポート写真(笑】

2.0.1.1.9.2.3 [INFOMATION]

何もしない休みの午前が、眠気に混ざって流れて揺れて。
暗転しそうな空の。
射し込む強い瞬間の日差しに睡眠を妨げながら、
ごろりと横たわる身体に充填されていく何かを実感しながら幸福でありながらも。

時計を見た瞬間に、罪悪感に駆られる「アレ」でもある。

今年1年の中で、絶対に体調を崩してはいけない2日間に
まんまと熱が上がり。
関節の軋む痛みに、耐えられないぐらいの高熱にうなされ。

娘の2歳の誕生会は欠席。
生涯参加成績1勝1敗と。
父親としてまさかの黒星を喫する。

翌日、10年来可愛がってきた娘が嫁ぐ日。
39度台からは、解熱したが微熱スタートの朝7時。

酒が進まない朝10時。

ゆらゆらしながら、台風の余波をまとわりつく湿気と
突き刺す日光大宮に上空から浴びつつ、
体力がしぼんでいく感じ、満点。

BEERの味がもどらず。
無理にジンジャーエールを突っ込んで飲みながら。
歌う和田アキ子の前に。
響の香り。
ウィスキーサンキュー

アキ子というよりはジュゴンな様相で、
ガチで歌うあの鐘を鳴らすのはあなた。

ずっと待ち遠しかった日は、意識朦朧の中、
まるで蜃気楼を漂い終了。

ただ、おめでとうの気持ちはここ数年来でもっとも抱いた日だったことは
言わないでおく。

39度の熱を発症したのは、夜勤明け。
買い物出かけた赤堤DEPT本社ビルにて。
ヤバイヤバイと一流の三流芸人のような気分で、
迫りくる悪寒の恐怖と並走しながら、幡ヶ谷。

そして消沈。

軋みだす痛みの中と。
締め付ける頭痛の重みと。
娘の誕生日は無理だと諦めと自責と。
頭の中でこの3人が踊って、踊って、踊って、踊って。



元気になった今、映像を見たけど。
あー、このまんま。



理性と良心の境界 [INFOMATION]

毎年BLOGには、太平洋戦争についてのなんらかの記事を書くようにしています。
特に夏には。

15日の正午の黙祷も。
やっぱり背筋伸びる想いです。

理性と良心の境界という部分。
例えば、ハーケンクロイツ。
ヨーロッパ、特にドイツでは身につけることすら犯罪にもなる。

ただ、ヘルスエンジェルズには多様され。
日本にいる限りは、罪にもならないし、
あわよくばカッコイイとまでなってしまう。

ただ配慮が必要な部分ではある。

例えば、9.11世界貿易センタービルを背景に、
PVでも作ろうもんなら、国際問題にもなりかねない。

国の文化において、配慮すべき部分は多分にあり、
知らなかったでは済まない部分や、カッコつけ、エンターティメントでは
理由にはならないことが沢山ある。

反戦を歌うわけでもなく、国を繋ぐわけでもなく。

『I'm Coming』 - Rain featurnig Tablo



正直、韓国がどうとか、どうでもいいけれど。

原爆ドームを使うのはダメだ。
しかも、安易に使うのは。

広島の韓国の人への偏見は、強く残ってるようでその処遇は
本当に酷いものだったという話も読む。

それでも、8月6日少なくても2663人(2011年8月5日現在 )の韓国の人が亡くなっている。
実数は10倍以上とも言われている中、安易に踏み込んでいい領域ではない。
両国においての話だ。

現代、風化の中で。
「戦争」という言葉が安易に飛び交う。
ジョークでも笑えない単語だと想って欲しい。

歴史を知らない人間が、簡単に口に出す言葉で、
学ぶべきだと想う。

どんな背景だろうが、どんな攻勢だろうが、
どんな理由であろうが、互いに死んだ人々がたくさんいて。
その後ろには、ほとんど家族がいる。

それは事実であり、現実である。

ボクは韓国に行ったことはないが、安重根の記念館には行きたいと想う。
韓国の人が観光で、靖国を訪れる感覚にも似てるのかもしれない。
少なくても、僕はそういう気持ちで対峙するだろう。

まちがいなく、侵略戦争を懺悔するなんて話じゃない。

知る為。

今更ボクらの世代が、懺悔して何になる?
懺悔は後ろ向きだが、ボクらは前を向くべきであり、
知ることはしても、それを悔いても何も始まらない。

後ろ向きの話が多すぎて、会話するにも呆れてしまう。

今を生きるからこそ、今の過った解釈は声をあげて間違ってると言っておきたい。

何を考えてるかはわからんが、常軌を逸している。
この『I'm Coming』 - Rain featurnig Tabloを取り巻くすべては、クズであると。

原爆ドームがあういう形である以上、
カッコつけて、広島原爆投下後みたいなイメージで、PVなんか作るんじゃねぇ。


1$75円95銭 [INFOMATION]

来月、HAWAIIには行くのですが。
HAWAIIといえば、ノースショア。
ノースショアの街並みが好きなんです。海も確かにいいけれど。

ボクの趣向としては、自然が生み出した景色よりも、
景色を作り出した背景が好きなのです。

自由の女神よりも、NYの街並みだったりとか、
ふと上を見上げた景色だとか。
または、ふいに送った目線の先だとか。

友人が景色を切り取りました。

http://zin1966.see.me/onelife2011

vote for me ♪

なんてことはない一瞬。
誰もがレンズを向ける方向ではないところに、
忘れがたい瞬間が生まれるのは、
なんてドラマティックなんだろうとかそんな風に想います。

景色と価値観が、カチッとはまる感じ。
なかなかありません。

子どもが大きくなったら、
ボクや妻が、たった数日いただけで。
その空気が愛しく思えるNYに足を向けて欲しいと想います。

そのときまで、この写真がネットに残ってくれるであろう事実は、
インターネットの功績だと考えたら、さほどネットもドットも
悪い話ではないんじゃないかなって(笑

まだまとめきれていないのですが。
青森県黒石市にある「ほるぷこども館」でのこけしの展示会の1枚。

津軽新報にも、こんな感じで掲載されました。
ボクの方がいい感じで撮れています(笑)

この笑顔に逢うために、黒石ほるぷこども館を選びました。
そして逢えました。

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遂に青森に。 [INFOMATION]

「30th century NURUYU kokeshi」

青森県黒石市の温湯こけしを再考し、その文化に触れ。
新しい可能性や、踏襲された伝統を感じることが出来る希有な機会になります。
真新しい白木のこけしに、参加者の方々が自由にペイントを施し。
長きにわたる黒石の温湯こけしの未来への形を構築してみる試みです。

ならびに。
父の故郷である「青森県黒石市」を応援しよう企画のメインです。

【企画・主催: BLACK STONE CITY TOKYO】

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日 時:7月25日(月)~8月6日(土)

場 所:208209
http://ameblo.jp/208209/

青森市の新町通りにあるcafe
青森県青森市新町二丁目5-3 千成ビル2F 
営業時間 
月〜木 11:30~23:00(last order22:30) 
金 11:30~24:00(last order23:00) 
土曜日・祝日12:00~24:00(last order23:00)
定休日 日・第二月曜日

参加ARTISTS(五十音順)

浅野苑子
kie
CRY BABY CRY
sham03
鳴海一輝
西垣庄子
橋村至星
hisao
macOⅡ
monophonic
吉田仁美

黒石を離れた方々にも。
少しですが、黒石の息吹を感じてもらえる機会になれば幸いです。

本当に黒石って、いいとこだと。
ボクは凄く思っております。

BLACK STONE CITY TOKYO
http://kuroishi-kokeshi.blog.so-net.ne.jp/

川口市から黒石市に愛と尊敬をこめて。 [INFOMATION]

続けていかなくては意味がないし、舐められてしまう。

一過性であることの意味の無さは、人生で十分知ってきたし、
それを貫くスタンスと発展こそ、未来へ続く道しるべであったらそれでいい。

皆に届かなくても、誰か1人に届けばいいし、
金を儲けようなんて思っていない。

誰にも繋がらなくても、自身がこれで良いと思うならこれで良い。

青森県黒石市は、まだ続くしボクも死ぬまで続く。
今の世代が頑張るなら、ボクも頑張ろうってことです。

今すぐなんとかではなく。
黒石を出た人間、残る人間、未来に生きる人間が、
その飽和的な状況を打破する1つ1つになれば、
きっとその先は明るくまた、素晴らしいものになると想います。

埼玉川口市masuii R.D.R ギャラリー+ショップにて行われた
「30th cetury NURUYU kokeshi」はボクの人生にとっては、
忘れられない4日間になりました。

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http://kuroishi.blog.so-net.ne.jp/2011-07-20-1
http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000029853984&owner_id=823967


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次は、青森市の「208209」
ステキなCAFEでした。行くのが本当に楽しみです。

そして、青森の人たちがどんな目で見てくれるのかってことです。
ワクワクするのはいいこと。


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