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THE BIRTHDAY @日本武道館 [LIVE OR DIE ?]

昨年2月。長女とクロマニヨンズを見に行く。
最初少し聞きかじって散らかし、就寝。
アンコール起床。
ギリギリガガンガンで爆発。

あれから、10ヶ月。
年末。VISION TOUR FINALを武道館でやることを知る。
子供が生まれてめっきりライブにも行っていない。

別に妻に行くなとも言われていないが、妻が子育てしてる大変さがわかるので、
よっぽどではない限りは、1人で外出はほとんどしなくなった。

別にそれについてはなんとも思わないんだけど。
なんとなく、長女にクハラさんとチバさんを見せたかったので、
本人にそれとなく聞く。

「コンサート行かない?」
「いかなーい」
「・・・・。ロックンロールだよ?」
「ヒロトとマーシー?」
「違う。キューちゃんとチバちゃん」
「いかなーい」
「・・・・・。」

とまぁそんなやりとりをしつつも、結局THE BIRTHDAYの武道館公演に長女と出かける。

吹き付ける九段下を上がった風はいつも冷たく痛い。
ヤフオクで随分安く通路側のチケットがあったので、余計に行きたかったのもあった。
3歳で武道館も、相当だとは思いますが、
こういう経験はクロマニヨンズで経験済みだったはずですが、
思いの外、音の反響で耳を塞いであげたり。

久しぶりのTHE BIRTHDAY。
クワトロ以来ではあったのだけど、やっぱり聞きなれたあの声には、本当に染み込んだ
ロックンロールが蒸発するようで、心地よかった。

娘も帰ろうとは言わず、踊ったり拍手したり、自分なりの時間を過ごしていたよう。
しかし、まぁ我慢できるわけもなく、武道館の外周廊下を2人で散々散歩しましたが(笑

きっと覚えていないあの光景でも、僕が覚えていればいいわけで。

あのタイコがキューちゃん?と何度も聞きながら、
少し遠いステージを眺めて、スティックでたたくような真似をしていました。

前回の武道館も来ていたけれど、前回よりは凄くじっくり見れて楽しかった。
娘がいたので、真摯にライブに向き合うことはできなかったけど。
それでも、久しぶりに聞くTHE BIRTHDAYにはいつ来ても必ず訪れる安心感があります。

聞きたかったROKAも当然聞けて。個人的には満足で家路。

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友川かずき ゴールデンベスト [君にREALを!(音楽編)]

母の見舞いの間にも、病院から程近いショッピングモールのCD屋のワゴンの中に、
このCDを見つけた。

長く聞きたかったその人、友川かずき。

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小川真一氏のライナーが的を得ていて、そのままネットに掲載したいぐらい。

おどろおどろしく、見てはいけないもの。
聞いてはいけないもののような、そんなギターの掻き毟る音とその声。
見てはいけないものや聞いていけないものの多くは、
目を覆いたくなるような真実であることが多い。

そういうものは、思考を呼び頭をめぐらして、自分の価値観の葛藤を呼ぶ。
どれが正解か、数式を解くように、いくつもいくつも仮説と証明を繰り返していかなくてはいけない。

それは面倒で、そしてやらなくてもいいこと。
だから蓋をする。
俗に言う見て見ぬふりというヤツ。

見て見ぬふりで、呵責に耐えられるのなら、
それはもう無い物にもなる。

そういう真実と、見なくていいものが友川かずきで。
そしてその音楽こそ、音楽というより闘争に近い激筆な心地でもあり、
聞いていれば、見えない感情が浮かんでくる。

家族のことなども気にならなくなり、自分の立っている場所と意味を
何度も問うて、その何度もの問いに波のように繰り返し問答を繰り返す。

友川かずきが、世間の第一線に出てくるわけでもなし。
東北独特の訛がさらに、その楽曲に必要以上の魂を乗せる。

真実や現実が投影される紙芝居のようにも聞こえる
その禍々しい音から、あまりに美しすぎる情を見つけ出してしまった。

年末に聞きたくもなかった消費曲がすべて、嘘っぱちに聞こえてしまう。

嘘っぱちばかり聞いてると、きっと本当のことがわからなくなってしまう。

母の見舞いで、削られた気持ちがこのCDでさらに追い討ちをかけたことは
また事実ではあるが、それでいても現実はこんなにも深く暗いことを覚悟できた。

日本語の素晴しさと、ギターの野生感を十分に感じれるアルバム。
クレバスのように深く暗いけれど、そこをつたう水は透き通っているのです。


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永訣の朝

1月2日 7:47

寂寞の今です。

呵責と後悔の到来が来ないよう、9年の間。
幾度も成せることを、踏み締めて来たつもりなのに。

朝靄で曇った窓の屈折した光は、点滴に鈍く光を加え。
つたう一滴一滴の流れは、横臥する母に混じっていたのに。

空と重なり。
気圏と銀河の先端まで旅に出ました。

フィラメントが切れたように。

ただ長い時間の終わりは、想像以上に苦しいものです。
母の62年生涯最期の笑顔は、2人の孫娘へでした。

それまで意識のきれぎれだった母の顔が急に、あやす様な。
祖母の顔になった瞬間に、今まで諦めていたものや、
捨てていたものが急に惜しくなり。

そこに決壊した後悔が、怒涛に押し寄せました。
怒涛は涙に代わり、母の横臥する姿が、急に寂しくなり、悲しくなり。
止め処なくやってきます。

しかしながらお別れです。
ありがとう、おかあさん。
バイバイ、かねちゃん。

しっかりと2人の娘を育てようと想います。



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